中国から脱出

6〜9分

1月26日、雨が降る日曜日だった。私は11時頃、近くのスーパーで食料を買った。アパートに帰ってくると、なんか変な雰囲気?を感じた。12時に黄とWeChatをしたが、余姚でも患者が出たという。驚くべきは20人が隔離されていると聞いた。いずれも武漢から帰ってきた人だ。「帰った方がいいかな?」私は黄色に言った。「そのほうがいい」黄は答えた。急いでチケットを探した。ANAの杭州―成田、関空便は27日のチケットはすでになかった。そこでCAのチケットを買った。CA145便は高かった。片道で10万円だった。それでも買った。次の高鐵の予約をした。チケットはいくらでもあった。リックサックに簡単な衣服だけ入れてアパートを出た。驚くほど歩いている人はいなかった。運よく通りかかったタクシーを止めて駅に行った。駅は人が少なかった。でも高鐵は閑散としていたが時間通りだった。杭州東駅に着いて地下鉄に乗った。ホテルはサニーホテルを取った。久しぶりの杭州で少し迷った。サニーホテルに入ったら、ボーイが体温を測るといった。ふむ。チェックインしたら860元だという。シェラトン並みだ。そこで何かの書類にサインさせられた。新型肺炎にかかっていないという証明書だった。夕食は近くにある焼肉屋「牛道」に行った。ここはずいぶん長い付き合いだった韓国料理屋の人が出した店だ。今では10店も有るチェーン店だ。入るとき、体温を測ると言われたが、ホテルでもう計ってきたと拒否した。オーナーはいるかと言ったらいないと言われた。ビールを日本、焼き人とサバ、チキン南蛮を食べた。ホテルのインターネットはSkypeやブログにはアクセス不能だった。情報をコントロールしているのだろう。杭州でもこんな感じだ。

月曜日、3時ころ出発の飛行機だったが、10時頃タクシーで空港に向かった。10時半には空港に着いた。空港は閑散としていた。KFCでコーヒーでも飲もうかと思って注文しようとしたら声をかけられた。なんと「牛道」のオーナーだった。久しぶりだった。昔は汚いところに韓国料理をやっていた。日本にいたことがあり日本語を話す。奥さんも日本で知り合った。こんなところでやっていてもダメだといったことがあって、焼く肉屋を杭州の中心部に出して評判になって、今では10店舗くらいある。いつまでも覚えているものだ。お互い様だが。彼はおばあさんを送りに来たそうだ。いい男である。

普通に飛行機に乗った。飛行機は閑散としていた。おそらく日本人は私一人だ。中国人はなぜ日本に来るのか?払い戻しできるのに。避難しにくるのだろうか?まあいい。飛行機はかなり揺れた。でも予定より早く着いた。私は成田のホテルに泊まる。家に帰る気にはならない。なぜだろうか?

中国のアパートを管轄する公安から電話が来た。どこにいるのかと聞かれた。日本だと答えると、それは良かったといった。アパートは門が閉ざされ、周りのコンビニやスーパーは閉めたのだそうだ。外国人が一人でどうしているのかと心配したようだ。複雑な気分になったが、自分の判断は正しかったと思う。

判断は簡単にはできないが、結局早期に決めることが重要だ。最後は直観だ。雰囲気や状況をよく見ることだ。町は自治体によって閉鎖される。そう思うと脱出しなければと思った。しかしそれは正解だった。

WordPress.com で次のようなサイトをデザイン
始めてみよう