認知症の1割が薬の副作用という事実

12〜18分

自分の親が病院にかかった途端、別人のように変わり果てる――。
・生気がなくなり、歩くのもおぼつかなくなって、やがて寝たきりになってしまう
・落ち着きを失い、ときに激昂し暴言・暴力をふるう
・記憶力や思考力などの認知機能が低下する
医師から処方される薬剤が原因で、こんな症状に陥る高齢者が数十万人に及ぶかもしれないとしたら信じられるだろうか。海外では早くから、その原因となる薬剤の危険性が指摘されながら、日本では長い間、放置されてきた。最近になって学会が注意を促し始めたが、改善される兆しはない。

 70歳代の女性患者が「自分は認知症ではないか?」とやってきたのは2015年11月だった。50歳代のころから、うつ病で総合病院精神科での入退院を繰り返していた。この間、万引きをする盗癖がおさまらず、何度も警察沙汰になった。本人は「やってはいけないとわかっている」と言う。認知症検査であるミニメンタルステート検査(MMSE)では30点中24点。23点以下は認知症が疑われる。小田医師は「行動異常型前頭側頭型認知症」を疑った。だが頭部をMRIで調べたが、萎縮などの症状は見つからない。

 「もしかしたら、薬剤起因性老年症候群かもしれない」

 老年症候群とは、高齢者の老化現象が進むことを意味し、薬剤によってもたらされることを薬剤起因性老年症候群と呼んでいる。認知機能の低下(薬剤性認知障害)のほか、過鎮静(過度に鎮静化され寝たきりになるなど)や歩行困難などの運動機能低下、発語困難、興奮や激越(感情が激しくたかぶること)、幻覚、暴力、さまざまな神経・精神症状のほか、食欲不振や排尿障害といった副作用が表れることを指す。日本老年医学会なども最近になって使い始めた言葉だ。

この女性は5種類の薬剤を服用していて、精神科領域の薬剤として、抗精神病薬を1種類、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬2種類を飲んできた。小田医師は、これらの薬剤を一気に中止して様子を見ることにした。依存性のあるベンゾジアゼピン系薬剤の急な断薬は危険だが、窃盗の公判中で、また万引きをすれば刑務所行きも免れないので決断した。

 薬剤を止めて間もなく、表情が明るくなりよくしゃべるようになった。何より盗癖がピタリとおさまったのには驚いた。MMSEも1カ月後には28点に跳ね上がり、その後も満点近い数値で推移している。認知症の疑いはまったくない。

 小田医師が薬剤起因性老年症候群の中で、最も疑っているのがベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬だ。

 1960年代に開発されたベンゾジアゼピン系薬剤は、感情などに関わるベンゾジアゼピン受容体に作用して、睡眠薬・抗不安薬として使われている。日本で発売されているもののほとんどがベンゾジアゼピン系で、後発品を含めて約150種類ある。非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬もあるが、作用機序は同じなのでベンゾジアゼピン系と同じような副作用がある。

 ところが、1980年代に海外で高齢者への投与が問題となった。服用したベンゾジアゼピン薬剤を分解する代謝が悪いうえ、排泄する能力も低下しているので体内に蓄積され、効きすぎるリスクがある。過鎮静の症状や認知機能、運動機能の低下などの副作用があることが明らかになり、海外では高齢者には「使用を避けるように」と指摘されている薬剤だ。

 1987年にアメリカのワシントン大学医学部のチームが発表した論文では、認知機能の低下を招いた65歳以上の308人の患者のうち、約11%に当たる35人に薬剤の影響があったと指摘している。

 2017年に日本神経学会が作成した「認知症疾患診療ガイドライン」でも、1999年のアイルランドの論文を引用するかたちで「認知機能障害を呈する患者の中で薬剤に関連すると思われる割合は2~12%」と推測している。

 認知機能が低下した1~2割が薬剤起因性老年症候群だと仮定しよう。厚生労働省の研究班が推計した2020年の認知症患者は602万~631万人だ。この患者の1割が薬剤を原因としたものだとすると60万人、2割だと120万人。とんでもない人数になる。

 海外では、このベンゾジアゼピン系薬剤の危険性が早くから指摘されてきた。
 アメリカで高齢者医療のバイブルともいわれている「ビアーズ基準」では、1991年の初版からベンゾジアゼピン系薬剤について注意を喚起している。2003年版の改訂版では危険性が「high」(高い)にランクされ、安全のためには「少量からの投与」を勧めている。2012年版では「使用を避けるように」と警告している。

 日本でベンゾジアゼピン系薬剤の危険性を初めて公的に指摘したのは日本老年医学会だ。欧米と比べるとだいぶ遅いが、2005年に作成した「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」の中で『とくに慎重な投与を要する薬物』のリストを公表、「中止・変更を考慮する」と注意喚起している。ベンゾジアゼピン系薬剤は、このリストには当然、含まれている。

 2015年の改訂版では、長時間作用が続くベンゾジアゼピン系は「使用するべきではない」と踏み込んだ表現で危険性を訴えている。

 だが、この学会の注意喚起は医師に伝わっていないようだ。 日本老年医学会がベンゾジアゼピン系薬剤の注意喚起したのが2005年と2015年だから、これらのデータからみると、医師の処方行動には影響を与えておらず、一向に減っていない実態がうかがえる。

 なぜ医師は危険性が指摘されるベンゾジアゼピン系薬剤の処方を漫然と続けるのか。実は、この問いの先に1番の問題が潜んでいる。

 小田医師は、ベンゾジアゼピン系の危険性を知らない医師が多いことを挙げる。患者のかかりつけ医と手紙でやり取りをする中で感じることだという。

 「医師が自分の処方した薬剤によって認知機能低下などを招いていることに気付いていない。昔、先輩から教えてもらった薬の使い方を、いまだにアップデートしていないのだろう。言ってみれば不勉強。まずは自分の薬が原因で悪くなっていないか、犯人は自分かもしれないという感覚が必要だ」

 日本では医師免許さえあれば、専門外であっても処方できるのだが、専門外の分野の薬剤を処方するなら、それ相応の知識と情報を得ることが大切だ。専門外だと論文などに目を通す機会が減るなど情報量は格段に少なくなる。危険性も知らなければ、副作用にも気付かないという恐ろしい事態に陥っている可能性もある。

 ベンゾジアゼピン系睡眠薬は病院でしか扱えない危険な薬だ。私は昔から思っていたが、薬を知っている薬剤師に権限が全くなく、医師に集中するシステムはおかしい。医師と薬剤師が立ち会って薬を決めるような風にできないものだろうか?薬剤師も専門知識が求められ、科ごとに専門の薬剤師がいれば安心だ。

 

 

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