2019年もあと5日

3〜5分

 今年を反省して、2020年の働き方を考える。

 日本人と中国、韓国人の考え方はだいぶ異なる。私からすれば、中国人と韓国人はほぼ同じである。彼らに独創的発想はない。まあ最近の日本人もあるとは言えないが、輪をかけてないのである。これは民族の影響とは思えない。育った環境によるものだろう。独創的な人は一般的な人とは違う。しかし、教育とは横並びで競争させ脱落させるシステムだ。だから独創的な人が生き残るためには緩い社会でなければならない。そういう社会がかつての日本にはあった。

 しかし、中国、韓国では成績の良い人が良いとされる。そういう人は模倣を得意とする。模倣とは頭の良い人にはかなわないものだ。有機合成先行だった私が窯業に進んだのは、有機合成においてはほとんどの反応が確立し、それを模倣して新しい化合物を作っていたので、そういうことは秀才が最も得意とするところだからだ。

 それと同じで、中国、韓国においては選び抜かれた多くの秀才がこういう分野で模倣の才能を発揮する。したがって、独創的発想を必要としない液晶、太陽電池、半導体などは日本はかなわないのである。日本はそれに対抗しようとしているがそれは無理である。

 だから日本は昔のように緩い社会になって、独創的人物を多く育てる、いや、そういう環境では独創的な人は自分の力で育つ。そういうふうにならなければいけないのだが、なかなか難しいかもしれない。

 私は自分が天才だとは思っていないが、これからはまた新技術の開発をやりたいと思う。本当は今日、特許庁で特許を出願する予定だったが、明日になってしまった。来年は少なくとも5件の別な新技術に関する特許出願を考えている。中国に行って、特許など無意味だと特許出願を止めてしまった私だが、それは私らしさを失うことだった。誰もできない独創的な開発をもう一度やろうと思っている。

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